市川さんYouTubeライブ9ー思考には力がない いくら思考しても解決しない

市川さん

思考には力がない。いくら考えても、解決しない理由

今回のライブ配信では、
とても大切なテーマである

「思考には力がない」
「考えても、実は何も解決していない」

ということについて、たくさんの質問に答えながらお話ししました。

苦しさや不安をどうにかしたくて、
私たちはつい「考える」ことに頼ってしまいます。

でも、実はそこにこそ、
苦しみが続いてしまう理由があります。


思考は、癒してくれないし、助けてもくれない

配信の中で何度もお伝えしたのは、

思考には、解決する力がない
癒す力も、安心させる力もない

ということです。

どれだけ考えても、

  • 不安が消えたこと
  • 恐れがなくなったこと
  • 本当に安心できたこと

は、ほとんどないと思います。

それなのに私たちは、

「もう少し考えれば、何とかなるかも」
「正しい答えが見つかるかも」

と、思考に期待してしまいます。

でもその期待自体が、
実は思考が作っているものなんですね。


苦しいのは「思考」ではなく、「思考の中身」

とても大切なポイントがあります。

思考そのものが苦しいわけではありません。
苦しいのは、思考の“内容”だけです。

  • 私はダメだ
  • どうしよう
  • こうなったら終わりだ

こうした物語が、
苦しみを生んでいます。

思考は、
ただ現れて、しばらくして、消えていくもの。

本当は、
来ては去っていくだけなんです。


世界はとても静かで、穏やか

配信の後半では、
景色のたとえ話を使って説明しました。

目に見えている世界、
聞こえている音、
風や空気、明るさ。

それらは、
とても静かで、穏やかです。

どんな音がしても、
どんな景色があっても、

世界そのものは、
何も問題を起こしていません。

そこに

「これは悲惨だ」
「大変な状況だ」

と解釈を加えているのが、
思考です。


不安や恐怖は、「感覚」として感じてみる

不安や恐れが強いとき、
私たちはすぐに理由を探します。

でもおすすめなのは、

  • 理由を探さない
  • 名前をつけない
  • ただ体の感覚として感じる

ということ。

胸が苦しい、
お腹がざわざわする、
迫ってくる感じがある。

それを
「恐怖だ」と決めつけず、
ただ感覚として感じてみる。

すると不思議と、
それは少しずつ弱まり、
消えていくことが多いです。


「思考に気づく」と「眺める」の違い

よく出た質問が、

「思考に気づいたと思ったら、それも思考じゃないですか?」
というもの。

答えは、
その通り。気づいたという言葉も思考です。

でも大事なのは、

  • 思考の中身に入り込まない
  • 物語を広げない

ということ。

やがて、

「思考に気づいている人」
その存在自体にも、気づくようになります。

すると、
思考はただ流れていくものになり、
影響力を失っていきます。


自我は消えなくてもいい

「目覚めたら自我は消えますか?」
という質問もありました。

私自身の感覚としては、

  • 自我や思考はある
  • でも、それに苦しめられなくなった

という感じです。

消える・消えないよりも、

信じなくなる
振り回されなくなる

それだけで、
人生はずいぶん楽になります。


思考は嘘をつく。でも、それに気づける

思考は、

  • 自分は体だ
  • 自分はこの物語だ
  • 危険だ、怖い、ダメだ

と、もっともらしいことを言ってきます。

でもそれは、
ただの言葉であり、イメージであり、物語。

それに気づくと、
思考が去ったあとには、

平安だけが残る

ということが、
少しずつ分かってきます。


最後に

考えても、
考えても、
苦しみが終わらなかった理由。

それは、

思考に力がなかったからです。

もう、
思考に頼らなくていい。

不安があってもいい。
恐れが出てきてもいい。

それをどうにかしようとせず、
ただ気づいて、感じていく。

その下には、
最初からずっと、
静かで穏やかな世界があります。

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